FC2ブログ
 
プロフィール

中田 治

Author:中田 治
京都北山にて育林・販売事業を営んでいます。
北山の自然を守りたい、後世に残したい、日々その思いでがんばっております。

北山杉見学ツアー
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ

リンク
最新コメント
最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示
地名の変遷 2
中河村は何時頃か村落を形成し何故に梅が畑村と行政を共にしたかと言う調査は困難あるが、まず昔の人口を調べる必要がある。応仁の乱前の14世紀頃には京都の人口はおよそ10万人前後と称されている。統計が無いので詳しい記録が無いが、当時の中河村も梅が畑村の人口は少なかったわけである。葛野郡の起こりは、全国地名辞典によると、「葛野郡の地名は最も古く、日本書記天智天皇の時葛野郡の名見ゆ、この頃に及び分郡の事ありしを知るべし、延暦13年葛野郡宇太村に遷京あり」と記載されている。延暦年代とは平安時代の最初の年号であるが中河村の村落形成はその前後に始まったものと推測される。古い時代であるからその始めの記録が残されていないが弘法大師が神護寺で修行されたこと(大同年間)惟喬親王(平安初期)等の言い伝えがあることは、すでに村落が営なわれていた事を物語っている。鎌倉時代の承久元年(1019)になると「大日本史料」や「荘園志料」に中河村は神護寺領に移った事情が記載されている。

【北山杉見学ツアー随時予約受付中】


スポンサーサイト
北山杉について | 21:52:06 | トラックバック(0) | コメント(0)